部屋中どこでもワイヤレス充電の実現
~ 電池が切れないIoTシステムへの応用に期待 ~
1.発表者:
- 川原 圭博(東京大学 大学院工学系研究科 電気系工学専攻 教授/科学技術振興機構(JST) ERATO川原万有情報網プロジェクト 研究総括)
- 笹谷 拓也(東京大学 大学院情報理工学系研究科 電子情報学専攻 博士課程2年生)
2.発表のポイント:
- マルチモード準静空洞共振器(Multimode QSCR)という送電器構造を考案・実装し3 m × 3 mの部屋全域へのワイヤレス充電(注1)ができることを実証しました。
- 壁や床に送電機構を埋め込むことで三次元状に分布する交流磁界(注2)を生成するため、従来の手法のように部屋内に導体棒などの構造物を設置する必要がありません。
- 広範囲に数十ワット程度の電力を送信できることから、将来的に電池が切れないIoTシステムへの応用が期待されます。
3.発表概要:
モノのインターネット(Internet of Things ; IoT、以下「IoT」)の台頭とともに、環境中の電子機器の数は増加の一途をたどっています。これらの機器は定期的な充電や電池交換を要し、各機器への電力供給のコストの問題が顕在化しつつあります。
東京大学大学院工学系研究科の川原圭博教授らの研究グループは、マルチモード準静空洞共振器(Multimode QSCR)という送電器構造を考案・実装し、部屋内のあらゆる位置にある機器へのワイヤレス充電ができることを実証しました。今まで困難だとされてきた広い三次元空間をカバーするワイヤレス充電に向けた新たなアプローチとして、2017 年に準静空洞共振器(QSCR、注3)が発表されましたが、このQSCRには部屋の中央に巨大な導体棒を設置する必要があることや、空間内の磁界強度分布に偏りがあることなどの課題が存在します。そこで我々は金属板上の電流が複数の向きに流れる点に着目し、複数の磁界分布を生成できるマルチモード準静空洞共振器(Multimode QSCR)という新たなアプローチを考案しました。そして、理論的な解析により部屋全域への高効率なワイヤレス充電や導体棒なしでの駆動が可能であることを示しました。本発表では、さらに部屋スケール(3 m × 3 m)のMultimode QSCR を実装し、部屋全域へのワイヤレス充電ができることを実証しました。本手法は、広範囲に数十ワット程度の電力を送信できることから、将来的に電池が切れないIoTシステムへの応用が期待されます。
4.発表内容:
IoTの発展にともない、インターフェース、センサー、アクチュエータなど、様々な機能が組み込まれた電子機器が増えつつあります。現在、これらの機器の大多数へのエネルギー供給は電池や電源ケーブルにより行われていますが、電池交換のコストや配線の煩雑さは機器の数とともに増加します。そのため、多数の機器への自律的なエネルギー供給技術は、身の回りの全てのモノがネットワークを通じて接続され、協調して動作する究極のIoTの実現に向けた鍵になると考えられます。2007年にマサチューセッツ工科大学(MIT)が提案した磁界共振結合方式(注 4)をはじめとしたワイヤレス充電技術は、この自律的なエネルギー供給を実現する技術として期待されてきましたが、広い空間内のさまざまな場所に位置する小型機器に対し、安全に、自律的に、かつ効率的に電力を供給することは困難でした。
広い空間内へのワイヤレス充電に対する新たなアプローチとして、2017 年に準静空洞共振器(QSCR)が提案されました。これは部屋自体を金属板や導体棒などにより構成して送電器としてしまうことで、部屋内に三次元状に分布する交流磁界を発生させ、部屋内に位置する機器へのワイヤレス充電を行うものでしたが、部屋の中央に巨大な導体棒を設置する必要があることや、壁付近において充電の効率が低下するなどの課題が存在しました。これらの課題を解決するために、我々は金属板上の電流が複数の向きに流れる点に着目し、マルチモード準静空洞共振器(Multimode QSCR)というアプローチを考案しました。そして、理論的な解析により空間全域において高効率なワイヤレス充電が可能であることや、中央の導体棒なしでの駆動が可能であることを示しました。本発表では、この Multimode QSCR 構造を 3 m × 3 m スケールで実装し、ワイヤレス充電システムとしての実証を行いました。
今回開発した部屋全域をカバーするワイヤレス充電システムは、図 1 のような部屋大のMultimode QSCR(送電器)と図 2 に示した受電器により構成されます。この部屋大の送電器は、金属板とコンデンサーにより構成されており、構造内に分布する交流磁界を発生させる低損失な送電共振器として動作します。この送電共振器の共振周波数で振動する交流磁界を駆動用のコイルを通じて入力することで、部屋全体に交流磁界の振動を伝えます。すると、コンデンサー内に蓄えられる電気エネルギーと、空間内に蓄えられる磁気エネルギーの間でエネルギーの交換が生じ、共振現象が起きます。この結果、壁や床全体に分布する交流電流が生じ、部屋全域を満たすような、三次元状に分布する交流磁界が生成されます(図3)。最後に、部屋と同じ共振周波数を持つ受電器上のコイル型共振器(注5)が、この交流磁界を通じて電力を受信します(図4)。
実験では、部屋内のさまざまな位置に置かれた受電器へ電力を送れること確認しました。給電範囲に比べて著しく小さい機器のワイヤレス充電は非常に難しいことが知られていますが、本研究では給電範囲の 1:1000(面積比)ものサイズの受電器に対しほぼ全ての位置において電力を伝送できることを実証しました。
今後は、さらなる給電範囲の拡大や、システムの高効率化に取り組む予定です。さらに、本機構の実環境への容易な導入方法を探求し、実際の IoT システムへの応用(図 5)に取り組みます。
ERATO川原万有情報網について
本成果は、以下の事業・研究プロジェクトによって得られました。
科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業
研究プロジェクト:ERATO川原万有情報網プロジェクト
研究総括:川原 圭博(東京大学 大学院工学系研究科 教授)
研究期間:平成27年10月~平成33年3月
上記研究プロジェクトでは、センサーネットワークやIoT機器がより自律的で能動的な人工物として作用し、自然物と共生して新しい価値を生むための万有情報網の構築を目指します。センサーやロボットを低コストで迅速に作ることを可能とするファブリケーション技術の研究開発のほか、IoT機器のサステイナブルな動作の実現のためのエネルギーハーベスティング(環境発電)や無線給電技術の開発に取り組みます。
5.発表雑誌:
雑誌名 :Proceedings of the ACM on Interactive, Mobile, Wearable and Ubiquitous Technologies (IMWUT)
論文タイトル:Room-Wide Wireless Charging and Load-Modulation Communication via Quasistatic Cavity Resonance
著者 :Takuya Sasatani*, Chouchang (Jack) Yang, Matthew J. Chabalko, Yoshihiro Kawahara, Alanson P. Sample
DOI番号 :https://doi.org/10.1145/3287066
URL :https://dl.acm.org/citation.cfm?id=3287066
雑誌名 :IEEE Antennas and Wireless Propagation Letters
論文タイトル:Multimode Quasistatic Cavity Resonators for Wireless Power Transfer
著者 :Takuya Sasatani*, Matthew J. Chabalko, Yoshihiro Kawahara, Alanson P. Sample
DOI番号 :10.1109/LAWP.2017.2744658
URL : https://ieeexplore.ieee.org/document/8016617
なお、実験動画を下記URLにて公開します。
また、写真・動画素材は下記URLにて公開します。
写真
6.用語解説:
(注1)ワイヤレス充電:ケーブルなしで電子機器を充電する技術。
(注2)交流磁界:周期的に向きが変わる磁界。本手法や磁界共振結合型(注4)のワイヤレス充電においては、この交流磁界を通じて電力の伝送が行われる。
(注3)準静空洞共振器(QSCR):2017年に発表された、空洞共振器に着想を得た共振器構造。生体などと干渉しにくい交流磁界を空間内に生成する。
(注4)磁界共振結合方式:2007年にMITが発表した、コイル型共振器を用いてワイヤレス充電を行う技術。
(注5)コイル型共振器:コイルとコンデンサーを接続して磁界を生成する共振器としたもの。
7.添付資料:
図2:受電器として用いたコイル型共振器
図3:マルチモード準静空洞共振器により生成される電流および磁界
図4:部屋内の電子機器へのワイヤレス充電の例
図5:実装したアプリケーションのプロトタイプ