ポーズをとるだけでカスタムメイドできる風船構造モビリティを開発 〜たたんで持ち運べる自分だけの乗り物〜

2020年09月29日

 

ポーズをとるだけでカスタムメイドできる風船構造モビリティを開発

~ たたんで持ち運べる自分だけの乗り物 ~

1.発表者

  • 新山 龍馬  (東京大学 大学院情報理工学系研究科 知能機械情報学専攻 講師)
  • 佐藤 宏樹  (東京大学 大学院情報理工学系研究科 知能機械情報学専攻 学術支援専門職員)
  • 辻村 和正  (東京大学 大学院学際情報学府 文化・人間情報学コース 博士課程2年生)
  • 鳴海 紘也  (東京大学 大学院情報学環 助教)
  • ソン ヨンア (東京大学 大学院情報理工学系研究科 知能機械情報学専攻 特任研究員)
  • 山村 亮介  (株式会社メルカリ mercari R4D リサーチャー)
  • 筧 康明   (東京大学 大学院情報学環 准教授)
  • 川原 圭博  (東京大学 大学院工学系研究科 電気系工学専攻 教授)

2.発表のポイント:

  • 欲しい乗り物をイメージして、乗るポーズをとるだけで設計できる風船構造のパーソナルモビリティpoimo(ポイモ)を開発しました。乗り物の種類は、電動バイク型と手動車いす型の2つがあります。
  • 車体や車輪が風船構造で作られた乗り物を新しく開発したことで、乗り物を1台ずつカスタムメイドすることが初めて可能になりました。また、新規開発した設計ソフトウェアによって、誰もが簡単にパーソナルモビリティを設計できるようになりました。
  • 空気を抜いて折りたたむことができ、軽くてやわらかいpoimoは、パーソナルモビリティの新分野を開拓します。個々人に合わせてカスタムメイドできる利点を活かし、誰もが自分に合った移動手段を獲得できるインクルーシブな社会の実現に貢献します。

3.発表概要

東京大学大学院情報理工学系研究科の新山龍馬講師らは、東京大学大学院工学系研究科の川原圭博教授が総括する科学技術振興機構(JST)ERATO川原万有情報網プロジェクトおよび株式会社メルカリの研究開発組織「mercari R4D(アールフォーディー)」(以下、R4D)との共同研究プロジェクトの中で、ポーズをとるだけでカスタムメイドできる風船構造を使ったパーソナルモビリティpoimo(ポイモ)を開発しました。

専用のソフトウェアを使って欲しい乗り物をイメージしたポーズを撮影するだけで、ユーザーそれぞれの体格や乗り方に合ったパーソナルモビリティが、専門家でなくても簡単に設計することができます。風船構造は、丈夫な布地を切り抜いて自由な形状で製作できるため、カスタムメイドに適しています。車体だけでなくステアリングや車輪まで風船構造で作られているため、従来のモビリティと比較して軽量でやわらかく、空気を抜いて折りたたむこともできます。従来のパーソナルモビリティとして電動アシスト自転車や電動スクーター、電動立ち乗り二輪車などがありますが、カスタムメイドできるものではありませんでした。

また、使っていない時の置き場所や持ち運び方法が課題でした。本研究で開発したpoimoは、膨らませれば普通のバイクや車いすのサイズになり、空気を抜いて折りたためばコンパクトに収納でき、手軽に持ち運びが可能です。本研究を通じて、新しい形のモビリティの提案と、誰もが自分に合った移動手段を獲得できるインクルーシブな社会の実現に貢献します。


4.発表内容

近年、MaaS(Mobility as a Service、注1)をはじめとしてさまざまな移動の概念が提唱され、それに呼応するように電動スクーターや電動立ち乗り二輪車など、動力を搭載した一人乗りの移動手段であるパーソナルモビリティが数多く登場しています。しかし、そのような従来のモビリティの多くは重くて大きいため、使っていない時の可搬性や収納性は良くありません。また主としてパイプや板などの剛性の高い構造が用いられるため、折りたたんでもかさばり、衝突安全性への懸念や個々人に合わせたカスタマイズの難しさなどの課題がありました。

現在、ヒューマン・コンピュータ・インタラクション(HCI)分野や、ロボティクスの分野では、インフレータブル構造(空気圧で支えられた風船のような膜構造)を活かしたさまざまな研究が行われています。HCI分野では、やわらかさや変形を使ったユーザーインタフェースの開発、デジタルファブリケーション技術を用いたインフレータブル家具や建築構造の製作例があります。

インフレータブル構造を使ったロボットはインフレータブルロボットと呼ばれ、人間と共同で作業するロボットへの応用が期待されています。ここではインフレータブル構造をわかりやすく風船構造と呼びます。本研究チームでは以前から風船構造に着目し、その特性を活かしたやわらかいモータやロボットを開発してきました。HCI分野の国際会議では、本研究の前身となるパーソナルモビリティの試作品を発表しました(注2)。しかし、車輪までは風船構造に置き換えることができず、かたい車輪の重量や折りたたんだ時のサイズに課題が残っていました。また、部品数の多い複雑な形状の乗り物を風船構造で実現する方法はわかっていませんでした。

今回開発したpoimo(ポイモ: POrtable and Inflatable MObilityの略称)は、車体から車輪まで多くの部分を風船構造で構成した、乗り心地のよい大きさと可搬性を兼ね備えた新しいパーソナルモビリティです。軽くてやわらかい風船構造の特性を活かし、普段は小さくたたんでしまっておき、必要な時に取り出して膨らませるという、これまでにない使い方が可能です。このようなやわらかい乗り物を実現するため、本研究チームは、従来は硬質な素材で構成されていた車輪やステアリングなどを、風船構造で製作する手法を開発しました。浮き輪のような単純なビニール風船では強度が不足するため、「ドロップスティッチファブリック(注3)」と呼ばれる高い空気圧に耐える高強度の布地を使用しています。風船構造はこの布地を切り抜いて自由な形で製作できるため、カスタムメイドに適しています。ドロップスティッチファブリックで作られた車体が、軽量であるにもかかわらず人間の体重を支えられる強度を備えていることを確認しました。ドロップスティッチファブリックは布と樹脂の複合素材で、簡単にパンクすることはありません。

さらに本研究では、ユーザーが自分の身長や姿勢に合わせた大きさと形状の乗り物をデザインできる専用ソフトウェアを開発しました。例えば、電動バイク型のpoimoを設計する場合、まずユーザーは作りたいバイクをイメージしながら、椅子などを使ってそれに乗るポーズを取ります。ソフトウェアは、そこから姿勢の3次元情報を抽出し、ユーザーのポーズに合わせた形状・大きさの乗り物を自動的に設計して3次元モデルとして画面に表示します。提案されたデザインを元に、ユーザーはハンドルや座席の位置などをさらにカスタマイズすることができます。この時、強度や安定性、操作性が損なわれないように、設計パラメータはソフトウェアによって自動調整されます。調整の済んだ最終的なデザインは、そのまま発注可能なデータとして出力されます。

提案手法を用いて、本研究チームは電動バイク型と手動車いす型のpoimoを実際に複数台試作しました。電動バイク型は、車輪を含めて7個のインフレータブル構造を組み合わせて作られています。小型ブラシレスモータとリチウムイオン電池で駆動され、最高速度は6km/hです。1回の充電でおよそ1時間動作します。総重量はおよそ9kgで、普通のバイクと同程度のサイズと車輪径であるにも関わらず、折りたたみ電動スクーター並の重さを達成しました。ハンドル、ベアリング、モータ、バッテリー、電子回路は風船構造にすることができませんが、小型・軽量化を行い、折りたたんだ時にかさばらないように工夫しました。手動車いす型は、車輪を含めて5個のインフレータブル構造を組み合わせて作られています。手動なのでモータやバッテリーは搭載しません。総重量はおよそ6.5kgで、普通の車いすの重量の約半分となっています。カスタマイズの一例として、前輪が長く突き出した、スポーツタイプの手動車いすも試作しました。

本研究チームはこの研究が未来社会の移動の自由度を高め、多様な人々が文化的・経済的活動に参画できるインクルーシブな社会の一助となることを期待しています。今後は更なる軽量化や操作性の向上、安全性の評価を行なっていくとともに、実用化と普及に向けた実証実験などに取り組みます。


ERATO川原万有情報網について

本成果は、以下の事業・研究プロジェクトによって得られました。

科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業

研究プロジェクト:ERATO川原万有情報網プロジェクト

研究総括:川原 圭博(東京大学 大学院工学系研究科 電気系工学専攻 教授)

研究期間:平成27年10月~令和3年3月

本研究プロジェクトでは、センサーネットワークやIoT機器がより自律的で能動的な人工物として作用し、自然物と共生して新しい価値を生むための万有情報網の構築を目指します。

 


5.発表:

  • 国際会議名
33rd ACM User Interface Software and Technology Symposium (UIST)

  • 論文タイトル
“poimo: Portable and Inflatable Mobility Devices Customizable for Personal Physical Characteristics”

  • 著者
Ryuma Niiyama* , Hiroki Sato*, Kazzmasa Tsujimura, Koya Narumi, Young ah Seong, Ryosuke Yamamura, Yasuaki Kakehi, Yoshihiro Kawahara (* joint first authors)

  • DOI番号
https://dx.doi.org/10.1145/3379337.3415894 (2020年10月6日ごろ公開予定)

  • YouTube動画
https://youtu.be/HgFTZsKX2k4


6.用語解説

(注1)MaaS:Mobility as a Serviceの略称。情報通信技術を活用することにより、一連の移動体験をシームレスに接続しサービスとして活用するという考え方。

(注2)本発表内容の前身となる研究:

  • 論文タイトル
“Soft yet Strong Inflatable Structures for a Foldable and Portable Mobility”
  • 著者
Hiroki Sato, Young ah Seong, Ryosuke Yamamura, Hiromasa Hayashi, Katsuhiro Hata, Hisato Ogata, Ryuma Niiyama, and Yoshihiro Kawahara
  • DOI番号
https://doi.org/10.1145/3334480.3383147

(注3)ドロップスティッチファブリック:2枚の布の間に多数の糸を渡すことで強度を高めた立体的な布地。樹脂でコーティングされており、空気や水を通さない。


7.添付資料

図1:電動バイク型のpoimo。

図2:上のポーズから下のようなバイクを自動設計する。

図3:手動車いす型のpoimo

図4:左からバイク型、スポーツ用手動車いす型、手動車いす型

図5:poimoに乗っている様子

図6:ユーザーの姿勢からpoimoをデザインするソフトウェアの画面

図7:バイク型poimoを折りたたんだ様子と手動ポンプ。 丸めてボストンバッグに収納できる。